又兵衛(またべえ)屋敷

現在の熱田神宮東門近辺に屋敷があったと伝わる。

 

2017年2月6日撮影


◆別名:

田島屋敷

 

◆所在:

熱田区神宮

 

◆交通:

 

◆歴史:

小豆坂七本槍の一人である中野一安の屋敷跡である。

一安は熱田砦を築いた源行家の末裔で、代々尾張守護の斯波氏に仕えてきたが、斯波氏が没落した後は、織田氏に仕えている。

 

三河を支配していた松平氏の勢力が弱まると、天文9年(1540年)織田信秀は西三河における松平氏の重要拠点である安翔城を攻略。矢矧川西岸まで支配地域を広げていった。

これに対し、松平広忠は駿河の今川義元を頼り、西三河から織田家を駆逐するべく天文11年(1542年)に岡崎城の西南にある小豆坂で対陣した。

戦いは中野一安、織田信光ら小豆坂七本槍の活躍によって、織田方の勝利となったと伝わっている。

 

その後は織田信長に仕え、各地で戦功を挙げており、信長死後は豊臣秀吉、秀次に仕えた。

秀次が高野山で死去すると、尾州熱田の田島に屋敷を構え閑居したと言う記録が残されている。

 

◆現在:

鉄道各社の路線と県道が通っており、遺構などは残されていない。